未曾有のコロナ禍によって大きな影響を受けた観光業界は、徐々に客足が戻りつつあるものの、依然として苦しい状況が続いています。生き残りをかけた差別化が重要度を増しており、他の業界以上に変革が急がれている状態です。そんななかで注目されているのがDX(デジタルトランスフォーメーション)。政府が特設サイトを用意して推進するなど、観光業のDX化は国を挙げて取り組むべき課題と認識されています。
参照:観光DX|旅をもっと豊かに楽しく、観光庁|観光DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進
観光業のDXは単なる業務のデジタル化を意味するものではありません。
官公庁は「観光DX」の定義として、
「観光DX」とは、業務のデジタル化により効率化を図るだけではなく、デジタル化によって収集されるデータの分析・利活用により、ビジネス戦略の再検討や、新たなビジネスモデルの創出といった変革を行うものと位置付けられます。
と述べています。
その肝となるのがデジタル化によって収集されるビッグデータです。旅行者の性別、年齢、季節ごとの人数、お土産などの購買実績といったデータを収集・分析することで、新商品やコストの改善などに活用できます。
また、従業員が働く環境を改善して十分な労働力を得るなど、観光業のDX化にはさまざまなメリットがあるのです。
観光業界が抱える課題を解説します。
1つ目の課題が、高い離職率です。
接客・給仕の分野の離職率は平均で2%ですが、観光に欠かせない宿泊業は2016年と2017年には離職率が3%に達するなど、平均よりも高い離職率となっています。
その理由としては業務が忙しい、人相手の仕事なのでストレスを受ける機会が多い、その割に給料が安いといったものが挙げられており、抜本的に労働環境を改善しないと離職率の改善は難しいかもしれません。
給料が安い理由は、労働生産性の低さにあります。
従業員1人あたりの付加価値額を示す労働生産性は、全産業の平均が700万円前後で推移しているのに対し、宿泊業は500万円前後です。
このことからも効率の改善が急務であることがわかるでしょう。
生産性が上がらない理由の1つが、デジタル化の遅れです。
旅行や宿泊の予約に関してはスマートフォンの予約によりデジタル化が進んでいるものの、宿泊施設や観光地といった旅行先でのデジタル化が遅れています。
もちろんDX化にも後れを取っており、宿泊業と飲食サービス業を含めた業種において65.8%がDX化を実施しておらず今後も実施の予定はないと回答している状態です。
デジタル化は効率の改善だけでなく顧客体験の向上にもつながるため、本来は観光業復活の鍵といえるはずです。
新型コロナウイルスの影響を最も大きく受けた業界の1つである旅行業界は、債務比率の高まりにも苦しんでいます。
宿泊業における年間倒産数は2020年には118件に達し、そのうち55件が新型コロナウイルスの影響による倒産です。
現在は回復傾向にあるとはいえ、またこのような危機が訪れないとはいえず、経営体質の改善が求められています。
そんな観光業を救う存在として期待されるのがDX化です。観光業のDX化によってできることを解説します。
1つ目に挙げられるのが、CRMによる消費機会の拡大です。
CRMとはCustomer Relationship Managementの略であり、日本語では顧客関係管理と訳されます。
観光業の場合、たとえば電子マネーの購買履歴を元におすすめのお土産や観光地を提案し、そのクーポンを発行するなどの施策が考えられるでしょう。
これまで観光業はどちらかというと受け身の状態で顧客に接してきましたが、これからは攻めの姿勢でどんどん提案していく時代なのです。
次に挙げられるのがビッグデータを活用した需要予測と観光戦略の策定です。
ビッグデータのなかにはどのような人がどれだけの規模でどこを訪れるかといった情報が含まれています。それを解析することでより正確な需要予測が可能になり、コスト体質の改善につなげられるでしょう。
また、現在観光客が少なかったり、観光客が来てもお土産などへの消費が少なかったりする地域は、その理由をビッグデータから解析できます。
思いつきや勘に基づいた戦略よりも効果が高い戦略を策定できるかもしれません。
PMSとはProperty Management Systemの略で、ホテルや旅館などの宿泊管理システムのこと。
これまでの手書きの台帳やExcelでの管理に比べ、入力ミスや訂正間違いを減らし、ダブルブッキングの予防効果も期待できます。
さらに、顧客ごとの食事の好み、アレルギーの有無、記念日といった情報を管理し、スタッフが共有することで、より質の高いサービスを提供可能になり、顧客満足度の向上にもつながります。
これまで対面でのチェックインが当たり前だったホテルや宿泊施設ですが、新型コロナウイルスの流行を契機に無人かつ非接触でのチェックインの導入が進んでいます。
これは感染予防にも効果的なのですが、省人化によるコスト低減にも効果的です。
観光庁は日本の観光業について、他国に比べて体験型のコンテンツが限定的であると指摘しています。
たとえば2015年のデータでは、外国人旅行者1人あたりの娯楽サービス費の平均単価は、オーストラリアが16,802円なのに対し日本はわずか4,220円です。
日本は外国人旅行消費総額における娯楽サービス費の割合もわずか2.5%と低く、DXを活用したコンテンツ型観光の導入が必要とされています。
たとえば京都であればオーバーツーリズム(観光客の極端な増加が負の影響をもたらすこと)の問題がありますが、同じ問題が他の観光地でも起こるわけではありません。
観光DXを本格的に目指す前に、その地域の特性は何か、観光客は何に魅力を感じてその地を訪れるのか等々、様々な傾向を正しくつかんでおく必要があります。
自社のみがデジタル化を推進しても、業務効率化にはつながるものの、地域の観光DX実現には至りません。
観光客は、特定の施設への宿泊を目的に来訪しているというよりも、その地域全体の観光を目的に来訪しています。同業他社や自治体などと横のつながりを持ち、歩調を揃えてDX実現へ向かうことが大切です。
大きな効果が期待される観光業のDX化ですが、実体としてはあまり進んでいません。理由として大きく3点が挙げられています。
1つ目の理由が人材不足です。
日本全体としてもIT人材は不足しており、経済産業省は2030年にIT人材が最大79万人不足すると指摘しています。
ITに近い業界ですらIT人材不足に悩んでおり、観光業がIT人材を確保するのは決してかんたんではありません。
先述のように観光業界は債務比率の高まりに苦しんでおり、従業員の給与がなかなか上げられない状態です。
ほかにも投資すべき課題があるなかで、まったく新しいDX化に投資するにはかなりの勇気が必要な判断といえます。
宿泊業の就労者に対してIT・デジタル化の対応が不足している理由のアンケートを取ったところ、最も多かった回答は必要性が認識されていないという理由でした。
観光業に限らず、経営判断をおこなう人々は比較的高齢であり、ITやデジタルに対する理解が不足しています。
社内でDX化の気運が高まっても、経営層がそれに応じなければDX化は進みません。
Gardens by the Bayはシンガポールにある大型植物園。既存アプリはあったものの、ユーザーインタビューからUXデザインに大きな問題を抱えていることが判明しました。アプリ活用を促す魅力的な機能も不足していました。
ユーザーが欲する各種テーマに対して、手間なくより適切なソリューションを得られるよう機能を整理。また、ユーザビリティを意識したUIデザインを取り入れることで各種情報を整理し、来園前に観光スケジュールを立てられるよう設定しました。
プロジェクトが進行中、新型コロナによるパンデミックが到来。クライアントと協議の上、感染対策を踏まえ、まずはオンラインチケットや予約整理券機能を最優先に実装。加え、年間パスの導入など、新たな施策を提案中です。時勢を考慮しつつ、さらなる改善を目指す方向です。
Scandlinesは、ドイツに本部を置く旅客・貨物の大手海運会社。オンライン予約サービスの利用者が増加したことを背景に、各種手続きサービスを一元化できるシステムの開発が急務となっていました。
予約フローを見直し、乗船チケット購入の手続きを簡略化。あわせて、会員限定サービスやポイントサービス、バーコードを利用したEチケット機能を構築し、搭乗手続きの簡素化を図りました。
予約や会員に関するほとんどの流れを1つのアプリに集約したことにより、ユーザーの利便性が向上。それまで寄せられていたユーザーからの声の大半に応えることができました。
ニセコエリアはさまざまな魅力あふれる観光資源を持っていますが、繁忙期と閑散期に大きな差があったり、二次交通が脆弱だったりと、顧客満足度が他の地域に比べて高いとはいえませんでした。
観光客に対して、リアルタイムな地域の稼働状況を提供する仕組みを構築しました。このなかには宿泊施設の混雑状況、スキー場リフトの稼働状況や混雑状況、シャトルバスの運行状況など、さまざまな情報が含まれています。
これらの情報提供により閑散期の観光客を増やし、繁忙期と閑散期の観光客数の平準化を目指します。また、システムを継続運用することで、リピーターの確保も目指します。
これまで旅館などの宿泊施設は、それぞれの宿泊客や在庫などのデータをそれぞれで管理しており、地域全体としてのビッグデータが存在しない状態でした。
豊岡市の城崎温泉エリア全体の宿泊予約情報や宿泊在庫情報等を自動集約し、データを可視化するシステムを整備しました。また、PMSの統一化やCRMシステムの構築を進め、「まち全体が1つの温泉旅館」という状態を目指します。
滞在価値の向上やリピート客の増加、消費の拡大を目指します。また、さらに飲食店や物産店との連携も視野に入れており、さらなるデータの収集と活用を目指します。