物流業界はEC市場の拡大や多頻度納品の増加の一方でドライバーの人口が不足し、人手不足に苦しんでいます。さらに2024年には長時間労働削減を目指した働き方改革関連法の施行が予定されており、効率の改善が急務です。そんな物流業界を救う鍵とみられているのがDX(デジタルトランスフォーメーション)です。業務の効率化などで人手不足を補うことができるDXは、国土交通省の「総合物流施策大綱」でも取り上げられている注目のキーワードです。そんな物流業界のDXについて解説します。
近年、EC市場の拡大などにより宅配便の取り扱い個数が増加しています。その一方で若手不足と高齢化によって物流・運送業界の人手不足が進行し、長時間労働によって補わざるを得ない状態が続いているのです。
その一方で政府は、2024年に自動車運転業務の年間時間外労働時間の上限を設定する法律を施行します。ドライバーの労働環境改善につながる法律ではあるのですが、これにより1人のドライバーが1日に取り扱える荷物量が減少し、企業の利益は減るでしょう。
ドライバーにとっても時間外労働時間の短縮は減収につながるため賃上げが必要ですが、企業の利益が増えなければ賃上げは難しく、さらに労働力不足につながる恐れがあります。
物流・運送業界はほかにもさまざまな課題を抱えています。
1つ目の課題は商品管理の複雑化です。EC市場の規模は拡大を続けており、コロナ禍によって個人宅向けの配送量増にさらに拍車がかかりました。また、小さな企業や個人でも簡単にネット上に店を持てる仕組みが普及し、店数も増加しています。
この結果、物流・運送業界での商品管理が複雑化し、そのためのコストや従業員への負担が問題になっています。
EC市場の拡大や個人宅向けの配送量増、小さな企業や個人のEC市場への参入は、小口配送の増加を意味します。これによりトラックへの積載効率が低下しており、国土交通省の2018年の調査によると積載効率は4割に満たない水準にまで低下しているとのことです。
このことは物流・運送業界の利益率低下を意味します。
取り扱う荷物の少量・多品種化は倉庫にも影響を及ぼしています。荷物の送り先が増えればそれだけ毎日の棚卸し業務が複雑化するなど、倉庫でのコストが増加しているのです。トラックの積載効率同様、小口配送の増加によって倉庫の空きスペースが不足しているのも課題の1つです。
このため、これまでのやり方とは異なる、抜本的な変革が求められています。
荷物の取扱量が増える一方で、運び手の数は減少しています。国土交通省によると、2018年の全職種の有効求人倍率が1.35なのに対し、配送ドライバーは2.68となっており人手が全く足りていない状況です。
低賃金・長時間労働がその原因といわれていますが、今後も荷物の取扱量は増えると見込まれ、事態はさらに悪化するとみられています。
トラックの運行に必要な燃料のコストについても、業界が頭を悩ませています。ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに燃料コストが大幅に高騰したように、燃料コストはさまざまな要因で変動します。
このため各企業は安易に従業員の賃金を上げられず、さらに人手不足になるという悪循環に陥っているのです。
他社との差別化のためのサービスも従業員の労働環境を悪化させる要因の1つです。たとえば即日配送、時間指定といったサービスはドライバーの負荷を増やしますし、配送に対する顧客からの過度な要求によるストレスもドライバー離れを招いています。
物流DXには物流・運送業界が抱える課題を解決できるポテンシャルがあります。IT技術を駆使して業界の土台から変革をもたらす物流DXの効果を解説しましょう。
顧客管理を電子化すれば、配送先の住人がいつ在宅しているかという情報を蓄積できます。これにより再配達回数を削減できるでしょう。最近ではスマートメーターとの連携により不在予測をおこなう実証実験が実施されるなど、注目される分野の1つです。
昔は宅配便といえば手書きの送り状が当たり前でしたが、荷受先や配送先の情報をデジタル化すれば管理業務の効率化につながります。多くの荷物の情報がデジタル化されれば、そこから配送ルートを自動的に決定するなど、ドライバーの負担減が実現できるでしょう。
荷物の配送に欠かせないトラックや荷台。それらの配車をデジタルで管理すれば空き時間を減らし、稼働率を上げられます。稼働率が上がれば必要な車両や荷台の数を減らすなど、コスト減につながるかもしれません。
倉庫の管理を紙ベースではなくデジタル化し、さらに配送先情報と組み合わせることで、効率的な荷物の管理につながります。荷物が置いてある場所を誰もが把握できるようになり、引き継ぎが不要になるなど属人化を避けられるのもメリットの1つです。
倉庫内に管理されている荷物と配送先情報がデジタル化されれば、どこの倉庫にいつどれだけのトラックが必要になるかを自動的に算出できるようになります。これによりトラックを倉庫に固定で紐付ける必要がなくなり、保有するトラックを柔軟に運用できるようになり、効率化につながるでしょう。
従来は荷主の倉庫に集荷のトラックが到着しても、荷物の準備や進行中の積み荷作業のために長時間待機する必要があり、業務が非効率になることがありました。トラック予約システムはトラックの入構を時間指定して予約するシステムであり、トラックやドライバーの待ち時間を減らし、効率化や労働環境改善につながります。
SIP物流(スマート物流サービス)は内閣府が推進する物流サービスの改革案であり、物流・商流データプラットフォーム、モノの動きの見える化、商品情報の見える化を目指して研究開発がおこなわれています。企業の垣根を越えたデータの連係が目標であり、業界全体としての改革が期待されます。
AIの活用も物流・運送業界改革の肝です。たとえば配送する荷物や交通状況を考慮した配送ルートの自動決定にAIが活用できます。交通事故や交通規制、気象条件といった刻々と変わる情報をリアルタイムに取り入れることで、人間が考えるよりも効率的な配送ルート決定ができるでしょう。
さまざまなメリットがあることはわかっている物流DXですが、現状ではうまく進んでいるとはいえません。その理由を解説します。
1つ目は現役で稼働するレガシーシステムの存在です。物流・運送業界ではすでに各種システムが導入されていますが、かなり昔に導入されたシステムも多く、DXで求められるクラウドへの対応、データの連係、AIの活用に対応できないケースもあります。
レガシーシステムを新しいシステムに移行するにはコストや時間がかかり、失敗すると業務に影響が出るため、なかなか着手できません。
これまで物流・運送業界は各拠点においてローカルルールや野良システムを導入し部分最適化を図ってきました。データの連係や標準化はDX化に欠かせませんが、これらの存在によってDX化が阻害されることがあります。
部分最適化は決して悪いことではありませんが、DX化の前にそれらを撤廃するのは簡単ではないでしょう。
人間は変化を恐れる生き物であり、これまでのやり方を抜本的に変えられると不安を覚えます。場合によってはDX化に従業員が反対するかもしれません。また、逆に従業員がDXを推進したくても、DXに理解のない高齢の経営層が承認しない可能性もあります。
DX化には全社一丸となって取り組む必要があり、同意を得るための道のりは決して平坦ではありません。
新型コロナの感染拡大などでEC市場が拡大したことに伴い、日本郵便では、配送需要の急増や配送済み商品の返品業務、レンタル商品の返却業務などの煩雑化を解消する必要に迫られていました。
日本郵便が保有済みのシステムに連携可能な返品受付用WEBサイトを構築。複数のECサイトと連携できるよう、汎用性の高さを考慮しました。
また、ユーザーがスマホなどで表示させた二次元コードを使い、郵便局やコンビニで送り状を発行する一連のUX設計を行いました。
大手ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」での利用がスタート。その他のECサイトにも順次拡大していく予定です。
配送業界でのドライバー不足を背景に、ドライバーの業務サポート体制や業務フローの脱属人化が課題でした。
キックオフから3ヶ月でβ版のAndroidアプリを開発。ドライバーたちに試用してもらい、改善点をフィードバックしてもらいながら改善点を織り込んで再開発に取り組みました。
プロジェクト開始から約6ヶ月の短期間でテストを経たネイティブアプリが完成。GPSの取得安定化や走行データの取得精度の向上などが実現し、今後、多くの配送業者での利用を通じ、データ学習が進化するよう期待されています。
長崎県五島市では人口減などの影響により、九州からの生活物資配送をおこなう船舶の減便がおこなわれる可能性があります。また、物資を受け取るには港まで行かなくてはいけないのも住民にとって負担でした。
ドローンを使って本土から配送先の戸口付近まで生活物資を配送する社会実験をおこないました。ドローンの運航は1日当たり最大20往復程度を想定しています。
この配送が実現すれば船の運航がなくても生活物質を受け取れ、かつ自宅付近まで配送してくれるため利便性が向上します。社会実験では事業性についても考慮されており、五島市だけでなく日本のさまざまな離島で応用が期待できるでしょう。
配送する荷物が特定の時間に集中した場合、倉庫での積み込みや荷下ろし待ちが発生し、それによって運送効率の低下や近隣への迷惑につながっていました。
携帯電話から利用可能な「バース予約・受付システム」を導入しました。単に予約ができるだけでなく、稼働状況をシステムがリアルタムに把握し、待機車両の呼び出しや誘導をおこないます。
車両と倉庫の効率的な運用が実現され、車両の待機時間削減につながりました、また、渋滞緩和と環境保全にも寄与し、九州運輸局交通政策関係表彰の環境部門で表彰されました。今後はこのシステムを物流情報プラットフォームに統合し、滞留・遅延対応のさらなる迅速化を目指します。