規制緩和による他業種からの参入や少子高齢化による競争の激化など、保険業界は絶えず変化にさらされさまざまな課題が山積しています。そのなかで求められるのは省人化などのコスト削減であり、その代表がDXによる効率化です。経済産業省が発表した「2025年の崖」によると、DXを推進しないと2025年以降の5年間で最大で年間12兆円の経済損失が生じるとされており、DXの推進はまさに待ったなしの状況といえるでしょう。
参照元:【PDF】岩瀬大輔|規制緩和後の生命保険業界における競争促進と情報開示
DXはデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)の略であり、世の中に対してAI、IoT、ビッグデータといったデジタル技術を用い、さまざまな変革をおこなうことを指します。
よく似た言葉に「デジタル化」がありますが、これは既存のアナログのものをそのままデジタルのものに置き換えたに過ぎません。たとえばフィルムカメラがデジタルカメラになるのは単なるデジタル化です。しかしながら、デジタル化によりSNS上での写真共有が可能になったり、身分証明書の確認が郵送ではなくデジタルカメラでの撮影により迅速におこなえるようになったりするのは、世の中のあり方を変えたDXの事例といえます。
保険業界は古くから存在する業界であり、経営者はこれまでさまざまなしがらみを引きずりつつ少しずつ変革を試みてきました。しかしながら、規制緩和や少子高齢化などにより保険業界が置かれる状況は今後ますます厳しくなることが予想され、そのようなレガシーシステムから一気に脱却し、そしてAIやビッグデータを活用した競争力強化が今まさに求められているのです。
保険業界にDXを取り入れることでさまざまな課題が解決できます。
他の業界同様、保険業界でも商品の差別化が重要です。しかしながら、人の頭で考える内容には限界があり、考えついたとしてもそれが人々に受け入れられるかどうかはわかりません。
これに対し、ビッグデータを活用することで顧客ニーズに寄り添った商品開発が可能になります。ビッグデータのなかには人々の隠れたニーズが埋まっており、それを分析することでこれまでにない保険商品が開発可能です。
また、ビッグデータのなかには年齢や性別、住んでいる地域、人数などの情報が含まれており、それらを分析に加えることでより精度の高いマーケティングが可能になります。
人々が保険を利用する際に面倒に感じることの1つに、申し込みまでの手続きの煩雑さが挙げられます。
まず、膨大な商品のなかから自分に合ったものを見つけ出すのが大変です。
さらにいざ申し込む段になっても、保険を申し込むには窓口に赴き、重要事項説明書や約款の説明を受け、紙の保険証券の発行を受ける必要があるなど一苦労です。自宅から申し込むにも本人確認書類の送付が必要など、利用できるようになるまでに長い時間を要します。
DX化によりAIを活用すると、それぞれの人に最適な保険商品を自動で提案可能になります。さらに申し込みの際もスマートフォンのデジタルカメラを利用した本人確認やデジタル保険証券など、保険の申し込みの手間が大幅に軽減されるでしょう。
これにより人々はより気軽に保険を利用するようになり、保険のニーズも高まるかもしれません。
事故や災害などで保険金を受け取る際、審査のためにお金を受けるまでに時間がかかるのも人々を保険から遠ざける原因の1つです。
この課題もDX化によって解決できます。たとえば車にIoTセンサーを取り付け、そのデータをAIで解析することにより事故時の様子がかんたんに把握できるようになり、保険金支払いまでの時間を短縮できるでしょう。事故の際は責任の所在でトラブルになることもありますが、センサーによる客観的なデータがあればトラブルを予防し、解決のためのコスト削減にもつながります。
また、事故発生時にその場所をすぐに把握したり、近くの修理工場を探したり、レッカーやレンタカーを手配したりといったサービスを提供可能になり、顧客満足度も向上可能です。
このようにさまざまなメリットがある保険業界のDX化ですが、なかなか進んでいないのが現実です。その理由を解説します。
保険業界は古くからある業界ですが、銀行や航空業界とともに早くから独自の基幹業務システムを構築・導入したことで知られています。また、保険商品のなかには契約期間が長期に及ぶものが多く、一度導入したシステムからほかのシステムへの移行はかんたんではありません。
このようなレガシーシステムはDX化で必須とされるクラウドやAIへの対応が難しく、本格的なDX化がなかなか進められずにいます。
もう1つの理由が、伝統からの脱却の難しさです。
保険業界は扱う金額が大きく、かつ人を相手に業務をおこなうことからミスが許されません。できるだけミスを減らすように保険会社各社はさまざまな工夫をおこなっており、それが伝統的なノウハウとして受け継がれています。
しかしながら、そのような伝統がDX化を妨げているのもまた事実です。新しいものを取り入れるときにミスの発生を恐れて挑戦できず、結果的にDX化の波に取り残されることになります。
銀行業界などに比べれば、契約手続き等のデジタルシフトが進んでいる保険業界ですが、それでもまだ代理店や書類郵送等を通じた対面手続きが広く一般的に利用されています。現状の安定した市場に寄りかかり過ぎている面があり、業界全体にスピード感がありません。
2018年、経済産業省は「2025年の崖」と称するDX関連のレポートをリリースしています。「2025年の崖」とは、古いデジタルシステム(レガシーシステム)に固執して新しいデジタルシステムの導入が遅れた結果、2025年から年間最大で12兆円もの経済損失が生じる恐れがある、との試算に対する比喩です。レガシーシステムへの固執については、保険業界も例外ではありません。
古いデジタルシステム(レガシーシステム)から新しいデジタルシステムに刷新することで、各種手続き業務の効率化を図ります。業務が効率化することで、会社全体の省人化や人件費削減、働き方改革などの効果が生まれるでしょう。
また、ネットのみで手続きが完了することで、顧客側の手間も減少します。手間がかからないことから、新規顧客の増加も期待できます。
ビッグデータをAIで解析すれば、顧客ニーズの変化をリアルタイムで把握することができます。新商品開発のためのフットワークを軽くしておけば、顧客獲得のチャンスが広がることでしょう。
人口減少、経済状況の変化、自然災害の増加、新型コロナなどの影響により日本社会におけるリスク構造も大きく変化するなか、リスクから人や生活を守るための保険の役割は、今後ますます大きくなるとIBMでは考えています。
具体的な施策は保険会社によって異なるものの、全てに共通するDXコンセプトは「つなぐ」「まもる」「いかす」の3つ。「つなぐ」とは、リスクが存在する可能性のあるもの全てをデジタル技術でつなぐこと。「まもる」とは、積極的な攻めるための前提として蓄積された顧客データを守ること。「いかす」とは、つなぐことで得られた新たなデータをリスク対策として活かすことを指しています。
「人に依存せず、リスクに依存する」という社会を目指すのがIBMの考え方。保険DXにより、人に依存(属人化)する社会を排し、リスクに依存することで業務を標準化する世の中を目指しています。
もともと新規契約を取得することが難しい保険会社にコロナ禍が追い打ちをかけ、対面営業が苦戦しています。スピーディに新規顧客を獲得するためには、何らかの付加価値を付けてデジタルシフトする必要がありました。
会員ポータルに健康診断結果をアップロードしたり、フィットネスに通ったり、ウェアラブルデバイスで各種数値を計測したりなど、日々の健康・運動に向けた取り組みに応じてポイントを付与。集めたポイントをスポーツ用品や食料品などの割引に利用できるシステムを構築しました。
2018年に発売された「Vitality」ですが、2022年現在もまだ新機能を鋭意開発中です。使いやすさを重視しつつ、よりニーズに合った機能を実装することで、「Vitality」の新規契約者の拡大を狙っています。
金融法制度の再編や新たな規制の導入、少子高齢化、低金利環境の長期化などにより、お客様のニーズを捉えた社会環境の変化を踏まえた企業活動の進化が必要でした。
DXのゴールとして、お客様をよりよく理解することで、「お客さまの視点で新たな価値を創出し続ける企業への変革」を目指すことをDXの目標として設定。
「提供価値の進化・拡大」「“つながる力”の強化」「従業員の働き方の変革」の3つの方針により、顧客との”デジタルの接点”を増やすことで顧客への理解を推進するという取り組みを実施しています。
具体的には医療ビッグデータ等の活用による引受基準の見直しや健康経営推進プログラムとサービスと保障を一体化した保険商品等の開発、遠隔でも営業活動が行える体制構築などです。
お客様をより深く理解し、お客様視点で新たな価値を創出し続けられるよう、従業員の働き方改革も含めてDX推進体制を整備しています。
DX化にはさまざまなサービスやデータの連係が欠かせませんが、従来この連係には各保険会社向けに個別に実装したAPIが使われていました。しかしながら、それぞれが独自のAPIを用意していると使い方や実装方法が異なったり、運用や保守がそれぞれ必要になったりと、保険会社だけでなく保険代理店やサービス・データの提供者にも負担になります。
そこでNTTデータは生命保険会社6社や保険代理店とともに、生命保険業界標準のAPIを検討するワーキンググループを立ち上げました。今後さらに保険会社とAPI利用者間のネットワーク及び認証についても共通仕様を検討する予定です。
さまざまな仕様共通になれば使い方や実装方法が同じになり、運用や保守の手間も削減されるなど、業務を効率化できます。また、より多くのサービスやデータと連係可能になり、より魅力的な保険商品の開発・提案につながるでしょう。